"顧客との対話"と"素材へのこだわり"から大繁盛店に!
株式会社ひょうたん姉妹(岐阜市)
[全文公開]番組シナリオ
1.背 景
ここはJR岐阜駅から徒歩5分ほどの距離にある玉宮町。飲食店がひしめき合い、夜になると若者を中心に岐阜市内で最も賑わっている街だ。ここに、競争も激しい中で長年にわたって経営を続けており、常連客を中心に毎晩満席となる飲食店がある。その名を「おせん」と云い、時間によっては予約がないと入れない人気の店だ。
この店はビルの2階にある。入り口が1階にある多くの店と比較して立地条件が不利であるにもかかわらず、口コミで客が客を呼び、賑わい溢れる繁盛店となっている。40~50歳代男性客が中心で、カウンターを挟んで割烹着を着た若い女性が飲食を提供する。「居酒屋」以上「割烹」未満という店のコンセプトが受けている。
食べ物も飲み物も岐阜の素材にこだわっており、全国展開する居酒屋チェーン店とは一線を画している。また、天然素材の調達には、社長(大女将)自ら魚であれば漁港へ、ジビエであれば狩場まで出向いて買い付けに行くというこだわり様だ。一方、大女将は今では店に出ることはなく、社長の妹が女将として店を仕切っている。
2.由 来
玉宮町「おせん」の大女将であり社長の三宅未紗さんは、高校生の頃から飲食店の開業を志していた。短大では食物栄養科に学び、レトルト食品を製造販売するメーカー(カネカ食品)の企画開発部で食材開発に携わったのち、21歳の時に第一号店を地元の岐阜市島で開店。その後、玉宮町に移転してすでに7年が経過している。
12年前のオープン当時と云えば、外食は不健全だと認識されていた時代。既製品が多く出回り、海のない岐阜の刺し盛りには、決まって養殖カンパチに冷凍マグロ。海外からの安価な食材や大量生産される食材の品質問題が顕在化したのもちょうどその頃だった。自分で始めた店でそんな食材は提供したくないとの想いを強くした。
そこで地元の農家や生産者さんを訪ね始め、如何にこだわって作っているのかを知ることとなった。もぎたて野菜の美味しさに感動し幸福感で満たされたのだが、「本当に美味しいもの」は簡単には入手困難で消費者にはなかなか届かないことに気づく。この感動をお客様に届けたいとの想いを強く持ち調達に力を入れることとした。
3.本 題
そうしたこだわりからこの季節に店で出されるのは猪鍋だ。最近ジビエ料理は注目されているが、「おせん」では山県市の猟師の元へ出向き、猟にも同行して直接買い付けてくる。また毎年1月には、自家製の赤味噌を1年掛けて仕込んでいる。人の心に響く「リアルな」本物の味こそ、手間はかかっても届けるべきと確信している。
本物の味を伝えたい、わが街にも伝えるべき誇れる味がある。街を守り、家族を守り、自然を守るため、先人達が育んできた岐阜らしさを受け継ぎ繋いで行くことが自分たちの使命であると感じている。季節ごとに変わる地元の天然素材を元に旬に沿ったメニュー構成でもてなし、常に新しいワクワクを共有することが人気の秘訣だ。
三宅社長は10年後、20年後のあるべき姿を見据え「海外を知り、海外の人たちとの交流を持つこと」が不可欠と考える。2年前には語学の修得を兼ねて南欧唯一の英語圏のマルタ共和国へ行き、数回のリピート訪問を経て現地法人を設立した。規模は同じだが海と山と環境が真逆の地で、食の交流を通じた次なる展開を模索中だ。
4.解 説
飲食店は大手資本による全国展開や、開業のしやすさから競争が激しく、十年で生き残るのは約1割と云われています。物価の上昇や人材確保の問題等もあり、開店から2年で約半数が閉店するといわれる飲食業は、継続が難しい業界です。
ご覧戴いた三宅社長は、来店客との会話と地元の天然素材を大切に、明るく楽しい店づくりを目指し、多くのお客から愛される店として定着しています。料理が美味しいだけでなく、身近で親しみやすい雰囲気で、選ばれる店舗を築こうと努力を積み重ねてきたことが、成功への分岐点になったと云えるでしょう。
完